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つかのまの忘れがたい日々

かみやまくんがいる日常

アイドルに夢を見ている


アイドルを追いかけて、アイドルへの愛おしさが爆発したとき「一生アイドルでいてね」と願う。
我ながら酷な願いだ。

アイドルは消費されるコンテンツで、それは若さとか初々しさだったり一生持ってるわけにはいかないものだ。彼らだって人間だからライフステージに伴って生活しているので当たり前のことだが。

ただ、彼らの見た目が衰えて髪が後退したり、お腹が出てきたりして、発言も昔ほど取り繕わず明け透けになり、過去の熱愛のあれこれやグループ間のいざこざを暴露するような全盛期を過ぎた美味しくないけど食べられる賞味期限ギリギリの状態になっても今と同じくらい盲目に応援できるだろうか。

彼らの衰えと同時に自分も衰えるということは理解している。
だからといって衰えていく彼らに親近感を覚えてババアと言われたからハゲと返す、そういう距離感になりたくない。
一生あいらーびゅー パリーン って言われて歓声をあげていたい。

いっそのこと人気のあるうちにステージを去って神格化なり伝説化なりされてしまって、綺麗な記憶だけを残していたい。
つまりは消費期限以内に美味しくいただきたい。
だからといって辞めたアイドルは情報の更新もされず、新曲も出ない。
やがて忘れ去られて半世紀もしたら過去の人となってしまう。

「一生アイドル」は「一生、現役アイドル(但し若かりし頃のままではない)」と「一生、全盛期で止まったアイドル(やがて忘れ去られる)」の二パターンあるわけで。

わがままを言えばずっと変わらないでいて欲しい。でも、それってどこまで変わらないものなんだろう。

例えば、いままで黒髪だった子が茶髪にした。
例えば、いままでピアスをしていなかった子がピアスを開けた。
例えば、いままでアイドルだった子がアイドルを辞めた。
例えば、いままでの自分と違う自分になることでファンにとっての理想のアイドルを辞めた。
どんな形であれ変わらないものなんてないのだ。
結局は自分の中で固まった記憶に執着しているだけ。


私はアイドルに夢を見ている。

アイドル誌という名の設定資料をくまなく読み、本編であるアイドル活動や俳優活動を見て、アイドルをより鮮明に思い描きリアルに近づけている。

もちろんそれは彼らにとってのリアルではなく、私にとっての彼らのリアルだ。

人はそれを偶像と呼ぶのだろうか。
はたして偶像と呼べるのだろうか?


私はジャニーズ事務所に所属するアイドルが好きだ。
デビュー組もジュニアも好きだ。
ジャニーズ事務所も好きでいたい。

私がアイドルに夢を見ているように、アイドルも夢を見る。
それがどんな結果であれ幸福な夢であり続けることを願う。